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高松地方裁判所 昭和62年(ワ)314号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告各自に対し、連帯して、それぞれ金四〇六一万二二七円及び内金三六九一万二二七円に対する昭和六一年一月七日から、内金三七〇万円に対する本裁判確定の日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

次のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六一年一月七日午後七時一二分ころ

(二) 場所 岡山県玉野市宇野二丁目一七番二六号先国道三〇号線交差点(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通貨物自動車(岡四四や四七六三)

運転者 被告坂口安司(以下「被告安司」という。)

(四) 被害車 原動機付自転車(長尾町い四〇四六)

被害者 訴外亡吉田英二(以下「本件被害者」という。)

(五) 態様 被告安司は加害車を運転し、前記交差点を西から東へ進行中、前方を注視せず加害車を運転した過失により、折から前記交差点を東から右折してきた本件被害者の運転する原動機付自転車に側面衝突させたため、本件被害者は脳挫傷等により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告安司は、前方を注視せず加害車を運転した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、損害賠償責任がある。

(二) 被告坂口錦司(以下「被告錦司」という。)は、本件事故当時、前記加害車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、損害賠償責任がある。

3  相続

原告らは、本件被害者の両親であり、原告らの外に相続人はいない。

4  損害

(一) 本件被害者自身の損害

(1) 逸失利益 金六六三〇万九〇八四円

本件被害者は、本件事故当時、岡山大学理学部の学生であり、就労可能年齢六七歳までの逸失利益は、次のとおりである。

〈1〉 就労可能年数

大学卒業後六七歳まで四五年間となる。

〈2〉 収入金額

昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表の新大卒男子労働者の平均年収金四八九万四一〇〇円を基準とすべきである。

〈3〉 生活費控除

本件被害者は、一人息子で、将来一家の支柱となるべき者であつたから、控除率は四〇パーセントとするのが相当である。

〈4〉 中間利息控除

ホフマン式計算法による。

〈5〉 計算式

四八九万四一〇〇円×(一-〇・四)×二二・五八一三=六六三〇万九〇八四円

(2) 慰謝料 金二〇〇〇万円

本件被害者は、事故当時二一歳の前途有望な大学生であつたからその死亡による精神的苦痛を慰謝するためには右記金額が相当である。

(二) 原告らの固有の損害

(1) 葬儀費用・墓石代等 金二五〇万円

原告らは、本件被害者の葬儀費用・墓石代等として金二五〇万円を支出した。

(2) 慰謝料 各自金五〇〇万円

原告らは、かけがえのない一人息子の不慮の事故死で失望と悲嘆のどん底に突き落とされたのであり、原告らのかような精神的苦痛に対する慰謝料としては右記金額が相当である。

(3) 原告らは、本件訴訟代理人に訴訟委任するに当たり、報酬として各自三七〇万円を支払うことを約した。

5  損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険から、金二四九八万八六三〇円の支払を受けた。

6  請求金額

相続分金四三一五万四五四二円(4の(一)の合計額の二分の一)、葬儀費用・墓石等合計金二五〇万円の二分の一に相当する金一二五万円、慰謝料金五〇〇万円の合計額から前記自動車損害賠償責任保険金二四九八万八六三〇円の二分の一に相当する金一二四九万四三一五円を控除した金額は、金三六九一万二二七円となり、これに弁護士費用金三七〇万を加算すると金四〇六一万二二七円となる。

7  よつて、原告らは、被告に対し、連帯して、原告各自につきそれぞれ金四〇六一万二二七円及びこのうち弁護士費用金三七〇万円を除いた金三六九一万二二七円に対する本件事故の日である昭和六一年一月七日から、弁護士費用金三七〇万円に対する本裁判確定の日から、それぞれ支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は、(五)の態様の点を除き認める。

本件事故の発生につき、被告安司に運転上の過失はなく、本件事故は本件被害者の一方的な過失によるものである。

2  同2の事実については、被告錦司が加害車を保有していた事実は認め、その余は争う。

3  同3及び同4の各事実は争う。

三  抗弁

1  被告錦司の免責

本件事故の発生につき、被告安司に運転上の過失はなく、本件事故は本件被害者の一方的な過失によるものである。すなわち、本件事故は、充分な注意をもつて交通法規に従つて運転していた被告安司の車両に、本件被害者が、慎重に中央車線側に進み一旦停止して被告安司運転車両の通過を待たなければならないにもかかわらず、強引に右折のため停止しようとしていた車両を追い越し、同車両前方に割り込み、勢い余つて転倒し、加害車両の進路方向にすべり、進行してきた加害車両右後部車輪付近に衝突したものである。被告安司は、突然転倒して加害車両の進路に突つ込んでくる車両を予測することはできず、被告安司に何らの過失もない。

そして、加害車両には、構造上の欠陥又は機能上の障害は全くなかつたから、被告錦司は、自動車損害賠償保障法三条ただし書により免責される。

2  過失相殺

仮に被告らに何らかの責任があるとしても、本件事故の発生については、本件被害者の前記過失も寄与しているのであり、これを過失相殺すれば、原告らの損害は全て自動車損害賠償責任保険金の受給により填補済みとなり、被告らに支払うべき責任はない。

四  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1(事故の発生)のうちの(五)の点を除くその余の事実及び被告錦司が加害車を保有していたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及び免責の抗弁につき判断する。

請求原因1のうちの前記争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第一号証、第二号証、乙第一号証ないし第三号証、原本の存在成立ともに争いのない甲第四号証、証人内田良昭の証言並びに被告安司の本人尋問の結果を総号すると、次の各事実を認めることができる。

1  本件事故現場付近の状況は、別紙図面記載のとおりである。すなわち、本件事故現場は、東西に通じる道路と南北に通じる道路とが逆T字型に交わる交差点(以下「本件交差点」という。)で、信号機により交通整理が行われており、路面はアスフアルト舗装され、夜間照明設備がある。また、最高速度毎時四〇キロメートル、指定通行区分、追越しのためのはみだし禁止等の各規制がある。本件事故の発生した昭和六一年一月七日の午後七時一二分ころは、雨上がりのために路面は濡れており、スリツプしやすい状態にあつた。

2  被告安司は、加害車を運転し、本件交差点を、青色信号に従い、時速三〇ないし四〇キロメートルで東進していたが、別紙図面の〈1〉の地点(以下表示の地点は、すべて同図面表示のものである。)で、後記のような態様で被害車と衝突した。

被告安司は、右折のため東西に通じる道路中央の〈甲〉の地点に停止していた訴外内田良昭運転の貨物自動車(以下「内田車」という。)及び内田車より以前に本件交差点を右折していつた車両には気づいたが、加害車には衝突の衝撃を受けるまで気づかなかつた。

3  本件被害者は、被害車を運転し、東西に通じる道路を西進していたが、本件交差点において、青色信号に従い、右折して岡山方面に進行しようとし、〈甲〉の地点に停止していた内田車の後から、その左側を通つて、同車の前に飛び出し、道路中央部において一時停止する等して東進してくる車両をやり過ごすことなく、そのまま時速約二〇キロメートルの速度で、〈ア〉の地点から〈イ〉の地点へ右折を開始したところ、被害車は、〈イ〉の地点からスリツプしながら、〈×〉の地点に向かつて進み、〈×〉の地点で加害車の右側部の前輪と後輪の間に入つていくようなかつこうで加害車と衝突した。衝突した瞬間は、被害車はほとんど地面に倒れるような形になつていた。衝突の結果、被害車は〈ウ〉の地点に横転し、被害者は「血」と記載された辺りに倒れた。

4  本件被害者は、右事故により、脳挫傷等の傷害を負い、同日午後一一時五分死亡した。

以上の事実が認められ、原告吉田義廣の本人尋問の結果中、右認定に反する部分はにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告安司は、被害車との衝突の衝撃を感じるまで、被害車に気づかなかつたことが認められるけれども、雨により湿潤となつていた本件事故当時の路面状態において、法定の制限速度内である時速三〇ないし四〇キロメートルで走行していた加害車の制動距離を考えれば、仮に被害車が内田車の前に出て右折を開始した時に、被告安司が被害車を発見し直ちに急制動の措置をとつたとしても、被害車との衝突を回避できたものとは認められない。また仮に被告安司が、被害車の右折開始以前に被害車に気づいたとしても、かかる場合、被告安司に、被害車が、停車中の内田車の後方から一時停止することなく突然右折してくることを予見し、かつ、被害車が右折してくる前に減速や急制動等の措置をとる義務があつたとも認められない。

以上によると、本件事故は、もつぱら、右折するに際し直進車の動向に充分注意して一時停止する等の措置をとらなかつた本件被害者の過失によるものであり、被告安司に過失はなく、被告らは加害車の運行に関し注意を怠らなかつたものというべきである。

また、前掲乙第三号証及び被告安司の本人尋問の結果によると、本件加害車に構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつたことが認められる。

そうすると、その余の点を判断するまでもなく、被告安司には、原告の主張する不法行為は成立せず、また被告錦司は、自動車損害賠償保障法三条ただし書により免責されるというべきである。

三  よつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上哲男)

別紙図面

〈省略〉

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